忍者ブログ
2007年1月31日スタート (「´゚ω゚)「 アチョ- (「´゚ω゚)「 アチョ-
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

7年前の今日、私は今は無き新宿の通称「地下スロ」で先輩ライターと一緒にパチスロを打っていました。打っていたのは…たしかキュロゴス。すごろくがモチーフの台です。


その先輩とは当時よく遊んでおり、その日も「先にエ・ラヴェール演出で当てた方が勝ち」という、アレンジルールでパチスロを楽しんでいました。まだライターになりたてだった私は、ライターとして見るもの全てが新鮮で、特にその先輩からはたくさんのことを教わりました。


「なかなか出ないっすねぇ」「そうだなぁ」「ま、先に出すのはオレですから」「ww」


そんな感じでワイワイと喋りながら打っていたんですが、ちょうど…午後6時過ぎだったでしょうか。私のケータイが震えだしました。仕事の電話かな…と思ってディスプレイを見てみると、そこには「自宅」という表示。騒がしいホールで左耳を塞ぎながら電話に出てみると、いつもの声で母親がこう言いました。





「Wくんがバイク事故で亡くなったって」




私は昔から冷めた人間だったので、どんなことを言われようが、大抵のことは冷静に考えられました。でも、その時はそれが出来ませんでした。Wが死んだ…。別の高校に進学したこともあって、その後の数年は半年に一度連絡を取るか取らないかという間柄でしたが、それでも「Wが死んだ」という事実が、私には分かりませんでした。


家が近かったこともあり、小学校から中学校を卒業するまで、私とWは毎日のように遊んでいました。ムキになってやったマリオカート。米軍基地の横でエアガンを持ってやったサバイバルゲーム。思春期ゆえ、お互いに股間を隠しながら一緒に入った風呂。思い出を挙げればキリがありません。


そのWが、あんなに元気だったWが、バイク事故なんかで死んだという事実が私にはどうしても理解できませんでした。母親は「明日が告別式だって。スーツ用意したから行きなさい」と、まるで何事もなかったかのように言います。私は電話を切り、しばし、その場に立ち尽くしました。


翌日。編集部に電話をして実戦取材を休ませてもらい、私は代々木にある斎場へと向かいました。梅雨明けなのに空はどんよりとしていましたが、降り出すのは夜半からとのことだったので、私は着慣れないスーツに身を包み、傘を持たずにタクシーに乗り込みました。斎場には多くの人がおり、よく見ると小学校を卒業して初めて会う友達もいました。中には久々の再会に沸く友達もいましたが、私はそんな気にはなれませんでした。


焼香の時。私は数年ぶりにWを見ました。事故は想像以上に酷かったらしく、棺桶の中で眠っているWの顔は包帯でぐるぐる巻きにされていました。しかし、日焼けした肌と、少しだけ厚い唇は、間違いなくWのそれでした。


私は頭を下げ、機械的に焼香を済ませ、持ち慣れない数珠を握り直しながら頭を上げました。祭壇に置かれていたのは、真っ白な菊の花と、いつもの笑顔で私を見るWの遺影。その時でさえ私は分かりませんでした。Wが死んだという事実が…。


火葬が終わり、別れの時。特に仲が良かったということもあり、私と友人3人は遺族の厚意でお骨を箸で拾わせていただきました。この時のことはあまり覚えていません。ただ、焼かれた後の骨が予想以上に軽かった。


そして出棺。喪主であるWの父親が最後の挨拶をし、私たちは旅立つWを乗せた霊柩車を見送りました。そこかしこで泣きすする声が聞こえましたが、私の目から涙は落ちませんでした。


私は家が近い友達と一緒に地下鉄に乗り、帰途に着きました。車内では近況を話し、「私が大学を辞めてパチスロ雑誌のライターになった」ということを知った友達はみんな驚いていたようですが、その時の記憶も定かではありません。…未熟なことに、私はまだ分からなかったのです。Wが死んだという事実が。


最寄り駅に着き、それぞれの家の方向に向かって歩いていると、突然の大雨。まるで、旧友が死んだのに涙を流さなかった私に「泣け」と言っているようでした。


家に帰った私はスーツを脱ぎ、溜まっていた原稿を書き始めました。Wが死んだ。あのWがバイク事故で死んだ。きっと普通の人なら落ち込んで何も出来なくなるでしょう。でも、私はいつものようにパソコンを立ち上げ、いつものように読者を煽る文章を書き上げました。「今、涙を流さなかったら、一体私はいつ涙を流すんだ?」 原稿を書きながら自分で自分にそう問い続けたことは、今でもはっきりと覚えています。


それから数日間、私は死について考えました。人が死ぬということ。それはとても悲しいこと。人に限らず、生き物は死ぬ。死んだ者は二度と帰ってこない。生きるということは、人の死を感じるということ。そして、生きている限り、人の死に関わる機会は必ず訪れる。逃げてはいけない。冷静に受け止め、然るべき行動を取らなければならない。…あの日。地下スロで聞いた母親の声の冷たさが、理解できた気がしました。


生き物は必ず死にます。でも、死ぬからこそ生き物です。全ての生き物に1つだけ平等に与えられた権利。生きている者は必ず死ぬ。しかし、死ぬからこそ生きる。いつ死んでも良いように、だから生き物は毎日を必死に生きなければならないんです。



でも…必死に生きること。それはとても難しいこと。特に私はここ数ヶ月、パチスロばかり打ってダラダラと生きています。これじゃダメだと分かってはいるんですが、次への第一歩がなかなか踏み出せない。…そういやぁWもテスト前はそうだったっけ。ま、あいつの場合は普段から全く勉強してなかったから、テスト前に慌てても時すでに遅し…なんだけど。


ふぅ…。Wよ。見てるか? 聞いてるか? オレはこれからも雑誌やネットを通じて色んな人を楽しませるために生きるよ。でもま、いつかそっちの世界へ行く時が来るだろうからさ、そしたらまたマリオカートでもやるべ。な。

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
無題
某先輩は菊一くんでしょ?

俺が地下スロで石原君と一緒に打った機種ってアイムエンジェルくらいしか浮かばなかったから。
王子です 2007/07/23(Mon)09:46:01 編集
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
06 2020/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[11/04 南国キュイン]
[11/03 ナオト]
[10/29 おまんれん]
[10/24 dmil]
[08/17 南国キュイン]
プロフィール
HN:
小唄ロック☆
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1980/12/15
自己紹介:
必勝パチスロ虎のなんとかっていう雑誌で文章書いてました。
バーコード
ブログ内検索
最古記事
(01/31)
(01/31)
(02/01)
(02/04)
(02/06)
カウンター
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]